PARIS レポートNo.1
2002.02/パリ

レポーター/
平田美智子
< ジャンセン氏の近況 >
 2002年4月アルメニアの首都エレバンにある国立ホロコースト美術館でジャンセンの「MASSACRES(マサクル)」展が開催される。
 半年前、アルメニア正教の大司教がシラク大統領の招きで来仏した際に、ギャラリーマティニオンの同展を訪問したことがきっかけになり、実現の運びとなった。

 MASSACRES −仏語で“大虐殺”を意味するこの展覧会は、他でもないアルメニア大虐殺がテーマであり、アルメニア人である画家のライフワークともいえる。今回まさにその地に於いて開催されるということは、非常に意義深いことである。

 今回同時にもう一つの大役を拝命されている。アルメニア正教生誕1700年記念教会の聖母像制作である。これは、アーティストとしての名誉にとどまらず、アルメニア人として生を受けた者として最高の栄誉といっても過言ではない。
 4月24日 −(世界のアルメニア人が悲劇の日として心に刻んでいる。)−に行われるオープニング・パーティーにはジャンセン本人も出席を予定している。26年ぶりの再訪になるそうだ。この日が彼にとって生涯忘れ得ぬ日となるのは間違いないだろう。そして、、聖母像はアルメニア史に残る作品となり、彼の名を更に後世に語り継いでいってくれることだろう。

 ここで、簡単にアルメニアという国について触れておく。
 アルメニアはトルコ、アゼルバイジャン、グルジア、イランの間に挟まれた内陸の小国である。地理的には小アジアと呼ばれる。そのせいか、私たち日本人と同じように黒髪・黒い瞳・やや小柄な体格といったアジア民族の身体特徴も見られる。東西の文化が融合する地域である。
 宗教はキリスト教の一派であるアルメニア正教を国教としている。301年、世界でいち早くキリスト教を国教と定めたというから、かなり熱心な信奉国である。
 1915年、隣国のトルコの侵攻に遭う。世に言うアルメニア大虐殺(ジェノサイド)である。古代より多くの敵国から国土を狙われ標的にされてきたが、こののち更に苦難の歴史を辿ることになる。幾多の試練を経て、ソ連邦の崩壊とともに遂に宿願の国家再建を果たすことになる。
 その長きにわたり、亡国の民として世界中に散っていたアルメニア人の求心になっていたのが信仰である。
 信仰のシンボルである教会、その聖母マリア像を制作すると言うことは、非常に大きな意味合いがあることがわかるであろう。
 また、独立後の今でも民族・宗教・領土など諸問題が山積みで紛争が絶えないこの国にとって、聖母像は国民が一致団結するための重要な役割を一身に担っているのである。

。。。今回のレポートはここまでとします。つづきは次回をおたのしみに。




聖母像を制作中のジャンセン










MASSACRES展
のカタログ

参考)“MASSACRES”カタログ販売中



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