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あれからもう10年近くもたってしまったのであろうか、ある夏の午後のことであった。車の行き来の激しい表通りから一つ入った裏道を歩いているときのこと、ふと誰かに呼び止められたような気がした。振り返ってみたが、あたりに顔見知りは一人も見あたらなかった。気のせいだったかと思い直し歩きかけたが、なおも背後から見つめられているような感じは消えなかった。立ち止まり視線を感じた方向に目を向けるとそこには一軒の画廊があった。それまで、私にはほとんど縁のなかったところである。
ウィンドウの向こうにいた視線の主は、一人の少女であった。しかも、うしろを向いたままの姿で…。"黒いチュニック(La tunique noire)"と名付けられたこの少女は、今度は私の無遠慮な視線を全身に浴びることになってしまった。いつまでも、いつまでも……。私は、一目でこの少女が気に入り、その虜になってしまったのである。そして、これがそれまで現代美術への関心を全く持っていなかった私の、フランス現代美術、とりわけジャンセン絵画との忘れられない出会いとなった。
少女は、名前の通り黒いチュニック(オーバーブラウス)を身につけ、椅子に後ろ向きにまたがっている。無造作に髪を束ねたリボンの赤と、左右に開いたタイツのややくすんだ朱が大きな三角形を描き、画面全体を極めて安定したものとしている。運動、あるいはダンスの後なのであろうか、少女は背もたれの上で組んだ両腕に左頬をのせて懸命に息を静めているかのように見える。激しい息づかいはすでに治まっているが、ジャンセンの女性像にしてはやや太めの背中からはまだ完全には静まりきっていない息づかいが聞こえるかのようである。激しい動きで乱れた髪からはまだ汗がしたたり落ちているようにさえ感じられる。(その2)で紹介した『後ろ向きに座るバレリーナ』がすでに休息を終え次の出番を待ってシャキッと座っているのにたいし、『黒いチュニック』の少女は荒い息づかいは静まってきたが、まだ気だるさが体全体に残っているかのように見える。しかし、その体からは若くて健康的なにおいが色濃く発散されている。
ジャンセン画としてはかなり珍しいとも思えるこの健康さは一体どこから来ているのだろうか?ふと疑問に思いあれこれと考えているうちに、私にはこの『黒いチュニック』が制作された1993年という年代にポイントがあるように思えてきた。1920年生まれの作家はこの時、73歳になる。誰しもが年齢を感じ、健康に不安を覚える年代である。事実(といっても私自身が確かめたわけではないが……何となく風の噂によると)、画家は90年代に入って体調を崩し入退院を繰り返していたようである。念のため、ジャンセンリトグラフのカタログレゾネ(Flora J.刊、1984−1993および1993−1999)を開いてみたら、80年代の後半から制作数が極めて少なくなっており、1992年には1点のリトグラフも載っていない。また、この『黒いチュニック』が制作された1993年には9点もの作品が収録されているにもかかわらず、翌94年には再びレゾネから姿を消しているのである。
勿論、この92、94の両年にも全く絵の制作をしていないわけではないようだ。私は、1996年春にプランタン銀座で開かれた「ジャンセン来日展」(この時、初の来日展として企画されていたが、画家のまさに健康上の理由により来日が果たされなかったと聞いている)では、92年制作の油彩画3点とパステル画1点、94年制作の油彩画5点とパステル画10点もの素晴らしい作品を目にすることができた。また、97年Galerie Matignon刊の"JANSEM"……これは95〜97年を中心に近作を集めた画集であるが……には、94年制作の油彩画4点とデッサン1点が収録されている。いずれも力のこもった秀作で、気力体力の衰えなどは全く感じさせない作品である。
とすると、92、94の両年(この後、リト作品は96〜98年にもレゾネに収録されていない)には何故リトグラフの作品が制作されなかったのであろうか?私はこうした疑問を抱き、この点について次のように考えてみた。…つまり、油彩画やパステル画とリトグラフの制作過程の違いである。油彩画やパステル画では、人物や静物を描いている限り自分のアトリエで作品を描き完成させることができる。また、時間的にも自分のペースで取り組むことが可能である。それに対しリトグラフでは、Arts-LithoやMourlotといった工房に何回も足を運んで色合わせや作品のチェックを行う必要があり(工房に丸投げをしてしまえば話は簡単であるが、ジャンセンの場合にはかなり頻繁に足を運んでいたようである)、時間的にも体力的にも相当にきついのではないだろうか。もし画家が体力や健康に不安を覚えていたとすれば、一時的にリト制作から遠ざかるのは十分に理解できるところである。このあたりの推論は必ずしも当たっていないかもしれない、が私にはこう考えるのがジャンセンのリトグラフを理解するときに最も腑に落ちるのである。
話が随分遠回りしてしまったようだ。人が年齢、健康から体力の衰えを感じたときに憧れるのはまず"若さ"と"健康"であろう。画家が自身を鼓舞するためにそんな思いを込めて描いたのがこの作品"黒いチュニック"であると考えた時に、この絵が私にしめす強烈なメッセージが心に染みてくる。
とやこう言うのはこの辺でやめにして、もう一度じっくりとこの絵を眺めてみよう。まず目に付くのは初めにも述べたとおり、大きく三角形にまとめられた安定的な構図である。しかも、微妙に絵の中心を外して人物を画面のやや左に配し、さらに両脚の開きや椅子の角度から見られるように真後ろからでなくわずかながら左後ろから対象をとらえ余分な緊張感を排除している。また、少し右に傾けた頭もまだ気だるさの残るモデルを表現し尽くしている。これらの構図、表現は見るものに安定感と安心感をおぼえさせるに十分である。さらに、色彩の美しさである。リボンと両脚に見える朱が効果的に画面を引き締めているが、私にはわずか5色のこの作品が色数をこえてはるかに多彩に見えて仕方ない。やはりジャンセンは色遣いの面においても天才なのである。
我が家のちっぽけな玄関に"黒いチュニック"を飾って間もなく10年になろうか。朝に夕に眺めているが、絵の中の少女は今なお強烈なメッセージをもって私に話しかけてくる。私は長い間ずっとこの少女から"元気"を貰い続けてきたのだ。この色あせない新鮮さこそ、本物の絵の魅力、芸術の力なのではないか。画家が再び絵筆を手にし、このように魅力あふれる作品を描く日を心待ちにしつつ、口をつぐむことにしよう。
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