篠田桃紅toko shinodaコレクションマップ
篠田桃紅@コンラッド東京


2005年に汐留にオープンした、ヒルトン系の高級ホテル、コンラッド東京。
そのロビーへは、汐留ビルディング1階入口から直通エレベーターで28階まで上がります。すると天井の高い、大きな空間が開けていて、その空間を圧倒するように篠田桃紅先生による巨大な壁画が納まっています。
夜のロビーは落ち着いた暗めの色調をそのまま活かすように、照明がぼうっと柔かく抑えられているのですが、そこに篠田先生の壁画がほの明るく浮かび上がり、その壁画が温かく空間全体を照らしているかのようです。
近寄って壁画を眺めると、中央の朱色の面に、先生特有の、迷い無く力強い刷毛跡が見えます。また、壁画の表面には銀箔の継ぎ目や皺が確認できます。まだ新しく艶やかな銀が、これから年月と共に酸化して風合いが出てくるのが楽しみです。

この壁画が制作されたのは、篠田先生が92歳の年でした。壁画が納まった日、コンラッドの支配人が篠田先生に「これでこのホテルにハートが入りました」と申し上げたのだそうです。「うまいことを言うものね」と先生は笑っていらっしゃいましたが、この「ホテルのハート」と言う言葉が決してお世辞ではなく、的を得ていることは誰もが認めるでしょう。

先生はこれまでも、多くの建築家やインテリア・デザイナーから作品を依頼され、彼らと協同して空間を演出してきました。先生は建築のために作品を制作する時、打合せだけではなく、必ず現場に足を運んで空間を確認なさるそうです。コンラッド東京の場合も「建築中で、まだ鉄骨なんかが剥き出しの時に、ヘルメットを被って見に行ったのよ。工事業務用のエレベーターにも乗りました」とのことでした。
建築は、絵画や彫刻のように個人の力で完成させることはできません。複数の、それもかなり多くの人間の協同的な作業によって造られます。
「出来上がった建物の中にただ作品を入れればいいってものじゃないんですよ。建築家の方は皆、作品を入れる空間を予め見て欲しいと私に言います。だから私も出向いて、その空間のための作品を考えるの。」

コンラッドのロビーも、空間全体が先生の壁画と調和して、総合的にひとつの作品のようになっています。それでいて、ホテルを訪れる人を歓迎し快適にもてなすという本来の目的を満たしています。一流ホテルと言う品格と作品の規模が相まって、調和的で穏やかな空間に威厳と力強さを加えており、これこそが建築家と芸術家の協同的な作業の理想的結実であると言えましょう。

ロビーを出て、改めてエレベーターの壁を見ると、篠田先生の壁画と同じトーンの、明るいけれど少し鈍い光を放つ銀色であることに気づきます。
建築と作品の、とても贅沢な競演です。ぜひ一度ごらんください。

追記:
コンラッド東京は、2006年度「グッドデザイン賞」(財団法人 日本産業デザイン振興会(JIDPO)による)に選ばれています。受賞作品の選出基準は、良いデザインであること、優れたデザインであること、未来を拓すデザインであること、の3点。コンラッド東京は、その3点を満たすデザインの完成度の高さはもちろん、誠実で人を惹きつけるデザインである点が評価されたそうです。施工した竹中工務店は、大都市東京にありながら伝統的な浜離宮庭園に隣接するという、ホテルのユニークな立地を念頭に置き、エレガントな和のコンテンポラリーデザインを実現しようと努めたといいます。


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