小倉百人一首 その3
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
声聞く時ぞ 秋は悲しき
猿丸大夫
山の奥で、紅葉の葉を踏み歩きながら、しきりに牝を呼んで鳴く鹿の声を聞くと、秋の深まりを感じて物悲しい気分におそわれる。
猿丸大夫は百人一首の詠み手の中で、もっとも謎の人物。生没年不詳。その出自についても諸説あり、中には実在した人物ではないとする説さえあります。ただ、歌人としては高く評価され、古今和歌集の真名序に「大友の黒主が歌は、古の猿丸大夫の次(つぎて)なり」と書かれているそうです。三十六歌仙の一人。
秋は鹿の恋の季節。しきりに牝を呼ぶ声がいつまでも続き、散り敷く紅葉を踏み歩く音と相まって、間もなく冬を迎える物悲しさ、切なさ、侘しさが一層つのってきます。
鹿は古くから親しまれてきた動物の一つ。百人一首にも、この歌をふくめ三首も載っています(喜撰法師「わが庵は都のたつみ鹿ぞすむ…」皇太后宮大夫俊成「世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる」)。また、神の使いとして多くの神社で大切に保護されてきたという事情もあります。
しかし、狼という天敵のいなくなった昨今、自然環境の変化も加わって、人間の生活圏に数を増やし、鹿をはじめとする野生動物の食害が大きな問題となっています。これも私達人間が導いた業なのかもしれません。